糖尿病学会より日本人における2型糖尿病のアルゴリズム⑨
~SGLT2阻害薬の開発の歴史と、大規模臨床試験~
2024年2月
猪岡内科
糖尿病療養指導士 中村郁恵
海外を中心に SGLT2 阻害薬、次いでGLP-1 受容体作動薬の慢性腎臓病、心血管疾患、心不全に対する効果を検証した大規模臨床試験の成績が多数報告されており、その有用性が示されています。
今回のアルゴリズムの改定では、合併症を抑える点でその有用性が評価されて、推奨される薬剤となりました。
SGLT2阻害薬の開発の歴史と、データについてご紹介します。
【開発の経緯および歴史】
SGLT2阻害薬は、腎臓の近位尿細管にあるナトリウム・グルコース共輸送体2(SGLT2)を阻害することにより、尿中からのグルコース再吸収を抑制することで血糖値を下げる薬剤です。
SGLT2阻害薬の開発の歴史は古く、始まりは1800年代に遡ります。
きっかけは1835年にフランスでリンゴの樹皮からフロリジンが発見されたことでした。その100年後の1933年にはフロリジンが尿糖排泄作用を持つことが報告されます。
その後、しばらくは糖尿病治療薬の候補としては考えられていませんでしたが、1980年代後半に米国のDeFronzoが“糖毒性”の概念を提唱したことが転機となりました。この“高血糖が糖尿病の病態の本体である”という糖毒性の考え方が、尿糖排泄を促進することによる糖尿病治療という概念の理論的な裏付けとなりました。
同時期の1987年には動物実験によってフロリジンの投与による血糖値の低下が証明されました。
ただし、フロリジンの尿糖排泄の薬理作用が完全に解明されていなかったため、薬剤開発が軌道にのるまでにはさらに複数の発見が必要でした。
1994年にKanaiらがSGLT2のDNAを発見して、DNAから発現させたタンパク質が腎臓でグルコースの再吸収を担っている共輸送体であることを突き止めました。
1999年には現在の田辺三菱製薬が経口可能なフロリジン誘導体(T – 1095)を創薬し、動物実験の結果、糖尿病に対して治療効果を示すことが発表されました。
その後、複数の製薬会社において薬剤の研究開発が進み、臨床試験を経て
2012 年に欧州でダパグリフロジンが糖尿病治療薬として世界で初めて認可されました。
わが国でも2014年にイプラグリフロジンが認可されたのをはじめとして2020年の時点で6種類の薬剤が保険承認されています。
【心不全治療薬としての期待】
糖尿病の主要な合併症である
糖尿病性腎症、網膜症、神経障害は、血糖依存的に病状が増悪することが明らかにされています。
そのため元来は、糖尿病治療薬は血糖値を下げることに開発の主眼がおかれて血糖降下作用の強さが選択基準となっていました。
しかし、2007年に、海外で当時使用されていたチアゾリジン薬のロシグリタゾンによって心筋梗塞発症リスクが有意に増加することが報告され、この結果を 重くみた米国食品医薬品局(FDA)は、2008年に新規糖尿病治療薬に対する新たな指針を発表し、
新規糖尿病治療薬の承認に際して心血管イベントに対する影響の検証を必須項目としました。
SGLT2阻害薬も含めて、国際的に認可されたすべての薬剤で大規模臨床試験が 実施されることとなりました。
【エンパグリフロジン(ジャディアンス)】
最初に結果が開示されたのは、2型糖尿病患者を対象としたエンパグリフロジン(一般名:エンパグリフロジン 商品名:ジャディアンス)の大規模臨床試験
「EMPA –REG OUTCOME」でした。
2015年に発表されたこの試験は大きな衝撃を与えることとなりました。
この研究は、18歳以上の2型糖尿病で、2ヵ月以内に急性心筋梗塞、脳卒中、冠動脈疾患などの何らかの心血管イベント既往のあるHbA1c 7.0%から9.0%の患者7020人を対象としたものでした。
既存の治療薬に加えてSGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンかプラセボを投与する群にランダム割付けを行い、複合心血管イベント(心血管死、心筋梗塞、脳卒中)の発症を比較したところ、エンパグリフロジン投与のハザード比は、複合心血管イベントで 0.86、心血管死で0.62、総死亡で0.68、心不全入院で0.65という結果で
これほどまでに2型糖尿病患者の心血管イベント発症を抑制する効果が示された研究は初めてでした。
この研究に続いて、同じSGLT2阻害薬である
カナグリフロジン(一般名:カナグリフロジン 商品名:カナグル)、
ダパグリフロジン(一般名:ダパグリフロジン 商品名:フォシーガ)、
2つの大規模臨床試験が相次いで発表されました。
【カナグリフロジン(カナグル)】
カナグリフロジンの大規模臨床試験である“CANVAS試験”では、2型糖尿病患者のうち30歳以上で急性心筋梗塞および急性冠症候群、脳卒中などの何らかの心血管イベント既往がある場合、もしくは50歳以上で糖尿病罹患歴10年以上、高血圧症、喫煙、タンパク尿、低HDLコレステロール血症のうち2つ以上の合併がある場合を対象としました。
結果は、SGLT2阻害薬であるカナグリフロジンの投与によって、複合心血管イベントでHR 0.86、心血管死で有意差なし、心不全入院でHR 0.67 というものでした。
「EMPA –REG OUTCOME」試験と同様に、
こちらの研究でも、2型糖尿病患者の心血管イベント発症を抑制する効果が示されました。
【ダパグリフロジン(フォシーガ)】
そして、ダパグリフロジンの大規模臨床試験であるDECLARE –TIMI 58試験は、2型糖尿病で40歳以上の慢性腎臓病のない心血管イベントを合併した患者、もしくは男性55 歳以上、女性60歳以上で高血圧症、脂質異常症、喫煙のいずれか1つを合併した患者17160人が対象とされました。
その結果、SGLT2阻害薬であるダパグリフロジンの投与によって複合心血管イベントおよび総死亡はプラセボと比較して有意差なし、心血管死または心不全入院でHR 0.83というものでした。
こちらの研究でも、EMPA –REG OUTCOME試験やCANVAS試験と同様に2型糖尿病患者の心血管イベント発症を抑制する効果が示されました。
【まとめ】
これらの試験は心血管死についてはやや一貫性に欠けてしまいますが、いずれにしても
2型糖尿病患者の心不全入院を有意に抑制する結果であったため、SGLT2阻害薬は新たな心不全治療薬として期待されることとなりました。
2024-02-24 17:38:32
| コメント(0)