糖尿病の薬
新しい糖尿病薬 マンジャロ
2025年10月
猪岡内科
糖尿病療養指導士 中村郁恵
糖尿病の治療は、この10年ほどで大きく進歩してきました。
たとえば、飲み薬の種類が増えたり、週に1回の注射薬(GLP-1製剤)が登場して、血糖値だけでなく体重や心臓・腎臓にも良い影響があることがわかってきています。
生活習慣の工夫は治療の基本ですが、それだけでは血糖値のコントロールがむずかしいこともあります。
そんなときに役立つ薬の選択肢が広がっており、その中でも最近「マンジャロ」という新しい薬が登場して注目されています。
今回は、このマンジャロについて、従来の薬との違いや働き方を、わかりやすくご紹介していきます。
【マンジャロとは】
マンジャロとは新しく発売された糖尿病の治療薬で、
週に1回、皮下に自己注射を行います。
インスリンの「ヒューマログ」でもおなじみのアメリカにあるイーライリリー社によって開発された「
インクレチン」といわれる
GIPとGLP-1が両方含まれている薬です。
日本国内では2型糖尿病に対する治療薬として2023年に承認された新しい薬剤ですが、特に肥満傾向があり、従来の薬で血糖管理が思わしくない方に適しています。

【従来の糖尿病薬との違い】
従来のGLP-1製剤といわれる糖尿病治療薬は「
GLP-1」のみに働きかけていました。
GLP-1受容体作動薬である「ビクトーザ」「オゼンピック」「リベルサス」は
血糖値を下げる薬としてスタートしましたが、今では血糖改善に加えて
心臓・腎臓の保護もあることから[
additional benefits 追加効果] が期待できる薬としての地位を確立しています。
そのため、2型糖尿病の患者さんの
長期的な健康にも役に立っています。

そして、新薬である「マンジャロ」は「
GLP-1」のみでなく「
GIP」にも作用することが特徴です。この2つの作用により、
より強力な体重減少と
血糖値の改善を見せて驚くほどの効果を見せています。
GLP-1と
GIPは合わせて
インクレチンと呼ばれています。
【インクレチンとは】
インクレチンは、
食べ物を消化する腸から出るホルモンです。
食事をしたり、糖分のある飲み物を口にすると腸からインクレチンが分泌されて、血糖値を下げる働きのあるインスリンを出す膵臓のβ細胞に「そろそろインスリン出して」と伝えます。
食べるサインによって体が自然に血糖をコントロールできるように助けてくれるような仕組みです。

インクレチンとして今認められているのは
「
GLP-1=グルカゴン様ペプチド
」と
「
GIP=グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド
」の2つです。
【GLP-1とGIPって、なにが違うの?】
GLP-1とGIPは、どちらも「インクレチン」と呼ばれるホルモンです。
インクレチンは
食事をとったときに小腸から分泌されるホルモンで、膵臓に「インスリンを出して!」と伝え、食後の血糖値の上昇を抑える大切な役割を持っています。
● GLP-1の特徴
・膵臓のβ細胞に働き、
インスリン分泌を促す
・膵臓のα細胞に作用し、
グルカゴン(血糖を上げるホルモン)を抑える
・胃の動きをゆっくりにして、食後の血糖上昇を抑える
・脳の食欲中枢に働き、
食欲を抑える
そのため、ビクトーザ、オゼンピック、リベルサスなどのGLP-1製剤は、
血糖値を下げるだけでなく、体重減少効果も期待されています。
多くの臨床試験で、HbA1cを1〜1.5%ほど下げ、体重も3〜5kg減ることが確認されています。
●GIPの特徴
・同じく膵臓のβ細胞に作用して
インスリン分泌を促進
・脂肪細胞に働き、脂肪をためこむ
・骨や脳にも作用し、エネルギー代謝を調節する働きの可能性
・GIP
単体だと食欲を増進させるがGLPと合わさると食欲減退に働きかける
ただし、過去の研究では、2型糖尿病の人ではGIPのインスリン分泌促進効果が
かなり低下していることが分かっており、
「効果が弱い」「肥満を助長する可能性がある」として、長い間、
GLP-1ほどは研究されてきませんでした。
(参考:Nauck et al., Diabetologia. 1993; 36(8): 741–744)
【なぜGIPが今になって見直されているのか?】
近年の研究で、
GLP-1とGIPを組み合わせると、それぞれの効果が補い合い、より大きな効果が出ることがわかってきました。
GIP単体だと食欲増進させる働きがありますが、GLP1製剤と合わせることで食欲が抑えられます。
とくに、マンジャロの研究(SURPASSシリーズ)では、以下のような結果が報告されています
項目
|
GLP-1製剤
|
GLP-1+GIP薬
|
HbA1cの平均改善値
|
約 -1.9%
|
約 -2.6%
|
体重の平均減少量
|
約 -6kg
|
約 -11kg
|
吐き気などの副作用
|
ややあり
|
GIPの影響で軽減される傾向
|
・血糖値の改善
GLP-1製剤でもHbA1cは下がりますが、GLP-1+GIP薬ではさらに大きく、平均
約2.6%低下しました。(GLP-1製剤は
約1.9%)。
・体重減少効果
GLP-1製剤で
約6kg減少、GLP-1+GIP薬では
約11kg減少と効果が大きく示されました。
・副作用の違い
GLP-1製剤で多い吐き気は、GLP-1+GIP薬では GIPの作用で軽くなる傾向です。
このように、GIPはGLP-1と組み合わせることで、血糖値・体重・副作用の面でより良い効果を示すことがわかってきました。
かつてGIPは「効きにくい」「太りやすい」と思われていましたが、マンジャロの成果により “GLP-1と一緒なら有効” という新しい評価が広がっています。
【まとめ】
マンジャロは、GLP-1とGIPという2つのホルモンの働きを活かした新しい糖尿病治療薬で週1回の注射で、血糖値の改善と体重減少の両方に効果が期待できます。治療法は一人ひとりに合わせて選ぶことが大切ですので、気になる方は主治医にご相談ください。
2025-10-29 11:24:16
糖尿病薬 GLP1製剤について③ 6月号
猪岡内科
糖尿病療養指導士 中村郁恵
前回に引き続き、今月号ではリベルサスの飲み方の特徴や値段、副作用について知っておきたいことを解説していきます。
【飲み方】
リベルサスは少し飲み方に特徴があるので説明していきます。
※服用方法を間違えると効果が弱くなってしまいますので注意が必要です。
服用にあたっては、添加剤のサルカプロザートナトリウムが胃内容物の影響を受けやすいため、
起床時に空腹の状態(1日の最初の飲食前)で必ず服用して下さい。
服用する時は、コップ半分(約120ml以下)の水で服用して下さい。錠剤をかみ砕いたり粉砕したりしないでください。
飲むときの水の量が明記されている理由は50mLで服用したときに比べて、240mLの水で服用すると血中濃度-時間曲線下面積約40%低下したからです。
また、50mLと120mLで比較した試験で大きな差が見られなかったため120ml以下のお水で服用となりました。
服用後は、飲み物を飲んだり、食事をしたり、他のお薬を服用する場合は、少なくとも服用後30分程度は開ける必要があります。
食後に服用するとリベルサスの吸収が悪くなり、効果が弱くなってしまいますので注意が必要です。
この特徴を踏まえて
「いつもの生活リズムが、起きてから朝ごはんを食べるまで、30分以上空いている方」はストレスなく服用を始められるお薬です。
【用法、用量】
リベルサスは3㎎、7㎎、14㎎と3種類の錠剤があります。
どのようなステップで治療を進めていくかを記載していきます。
服用し始めは胃腸障害が起きやすいので、比較的少ない量から始めます。
開始用量として1日1回3mgを4週間飲み続け、そのあとは7mgに増やして維持容量として続けていきます。
ただし、3mgで効果が十分に感じられている場合はそのままにすることもあります。なお、1日1回7mgを4週間以上投与しても効果不十分な場合には、治療の強化として1日1回14mgまで増量することがあります。
胃腸障害が出る可能性があると書きましたが、量を徐々に増やす一般的な服用方法で予防することができます。次は胃腸障害について説明していきます。
【胃腸障害について】
胃腸障害は GLP-1 受容体作動薬に共通する副作用ですが、リベルサスも同じく代表的な副作用には胃腸障害があります。
リベルサスのインタビューフォームによると、日本人が参加した臨床試験で報告された胃腸障害は
25.4%でした。
多い順に
・悪心(25.4%)
・下痢(10.8%)
・便秘(4.3%)
・嘔吐(4.3%)
・腹部不快感(2.4%)
他にも腹痛、胃のむかつき、食欲不振、だるいなどの副作用が報告されています。
副作用を感じた方の多くの場合、3-7日ほどでしばらくするとおさまりますが、
胃腸障害によりお薬を中止となった例が2%~13%ほどあります。
容量依存性に副作用が出やすくなるため、少量から開始しますが、やはり、お薬が強くなると投与中止に至った例は多くなる傾向です。
胃腸障害についてはどのGLP-1製剤にもある副作用ですが、
この結果は、注射薬のビクトーザよりも少し多いような印象を受けます。
個人差がありますので何ともなくお薬を続けられる方の方が多いですが、ご興味のある患者様はこの結果を踏まえでご検討お願いします。
【値段】
薬価
薬価収載時(2020年11月18日)の薬価は以下の通りです。
リベルサス錠3mg:143.20円
リベルサス錠7mg:334.20円
リベルサス錠14mg:501.30円
ビクトーザ注18㎎:10396円
例えば、リベルサス7㎎を30日分処方の場合、3割負担の方で3000円の負担、リベルサス14㎎を30日分処方の場合、3割負担の方で4500円の負担です。
リベルサス7㎎(334.2円)×30日分×
保険3割負担=3007.8円
(
保険1割負担=1002.6円)
リベルサス14㎎(501.3円)×30日分×
保険3割負担=4509円
(
保険1割負担=1503円)
ビクトーザを30日分処方の場合、3割負担の方で約4700円の負担です。
ビクトーザ1本(10396円)×1.5本(1本約20日分)×保険3割負担=
4678円(保険1割負担=1559.4円)
リベルサス14㎎とビクトーザ1か月分の負担が大体同じくらいです。
ただし、注意事項があります。
飲み薬に切り替えた場合は、
血糖値の測定用紙、穿刺針に保険が適用されないために自費扱いとなります。
そのため、リベルサスの適応は、血糖値が安定している方を対象に
適応の有無を医師が判断します。
当院では血糖値が高めの方で内服に切り替えをご希望の方には、
ある程度ビクトーザを使いながらで血糖測定を続けてもらい血糖値が安定した状態で薬剤の切り替えを行う方針でいます。
【まとめ】
リベルサスは初の飲み薬として登場したGLP-1作動薬です。
血糖コントロール改善効果を持ち、体重減少効果も期待できます。
空腹時で内服し、内服後30分は他の飲食ができなくなるという飲みにくい薬で、かつ正しく飲めないと大きく効果が下がってしまう薬ではあるものの、肥満を伴う2型糖尿病患者さんに対しては新たな選択肢となることを期待しています。
2022-06-22 11:23:36
SGLT2阻害薬の最新情報~腎保護効果~③
猪岡内科
糖尿病療養指導士 中村郁恵
SGLT2阻害薬のまとめ③です。
作用機序など載せていきましたが、今回は“SGLT2阻害薬と低酸素”、値段のことや副作用についてまとめました。
難しい話を除きたい方は2枚目からご覧ください。
【低酸素とSGLT2阻害薬】
下の写真では右と左の腎臓の色を比較していますが、右の腎臓は寒色系の色が多く、これは低酸素を表しています。

腎臓病が進みやすい人は腎臓が低酸素になっていることが分かりました。
その理由として、糖を再吸収するときにはエネルギーが使われますが、そのエネルギーを作る時に酸素が使われます。糖尿病の過労な腎臓では多くのエネルギーと酸素が必要なため、酸欠になっているのではないかという仮説があります。
そして、腎臓が低酸素になると腎症の進行が悪化しやすいという悪循環に陥ります。
現在、SGLT2阻害薬を用いた動物実験では腎臓の低酸素が改善した報告があります。
その理由は上にも書きましたが、SGLT2阻害薬には次のようなことが期待されています。
・尿細管でエネルギーを使う“糖の再吸収”を抑制すること。
・体ではエネルギー効率のいいケトン体が多く使われること。
人間でも腎臓の低酸素を改善して腎症の悪化を防ぐことが見据えられています。
次は良いことばかりでない、副作用と値段のこともきちんと知っておきましょう。
【値段】
新薬ということもあり値段が気になる方も多いと思いますので、SGLT2阻害薬と
糖尿病薬でよく使われるDPP-4阻害薬とメトホルミンの比較をしたいと思います。
・SGLT2阻害薬
薬剤名
|
薬価(1錠)
|
3割負担
|
1割負担
|
ジャディアンス10㎎
|
198.7円
|
59.6円
|
19.9円
|
カナグル100㎎
|
190.5円
|
57.2円
|
19.5円
|
SGLT2阻害薬はすべて1日1錠内服する。
・DPP-4阻害薬
薬剤名
|
薬価(1錠)
|
3割負担
|
1割負担
|
エクア50㎎
朝・夕で内服
|
75.3円
朝夕で150.6円
|
45.2円
|
15.1円
|
ネシーナ25㎎
|
167.3円
|
50.2円
|
16.7円
|
トラゼンタ5㎎
|
155.4円
|
46.6円
|
15.5円
|
エクア以外は1日1回内服する。
・SGLT2阻害薬+DPP-4阻害薬配合剤
薬剤名
|
薬価(1錠)
|
3割負担
|
1割負担
|
トラディアンス
(トラゼンタ5㎎+ジャディアンス10㎎の配合剤)
|
283.3円
|
84.5円
|
28.3円
|
・上の表にある
SGLT2阻害薬とDPP-4阻害薬の配合剤です。
・
2剤を合計すると354円なのでDPP-4阻害薬も併せて飲んでいる方は、トラディアンス配合剤の方が2割くらいお得な計算です。
・メトフォルミン
薬剤名
|
薬価(1錠)
|
3割負担
|
1割負担
|
メトグルコ250㎎
通常1500㎎
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9.9円
×6=59.4円
|
17.8円
|
5.9円
|
メトグルコ500㎎
通常1500㎎
|
15.4円
×3=46.2円
|
13.9円
|
4.6円
|
・メトグルコは通常1500㎎で内服します。
当院では高齢でない、腎機能が悪くないなど「適応のある人」に最初に使うのを考えます。お腹の副作用が出なければ安くていい薬です。
・1カ月の平均負担額
薬剤名
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3割負担
|
1割負担
|
SGLT2阻害薬
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1752円
|
584円
|
DPP-4阻害薬
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1362円
|
454円
|
SGLT2阻害薬+ DPP-4阻害薬配合剤
|
2535円
|
849円
|
メトホルミン
|
475.5円
|
158.5円
|
薬価を中心に言うと、メトホルミンを内服して副作用なければとてもいい薬です
※
薬剤は値段以外に患者さんの年齢や腎機能、肝機能、治療のステップ、飲み合わせを考えて医師が患者様にあったものを選択します。
例えばインスリン抵抗性のありそうな2型糖尿病の方は最初にメトフォルミンを候補にします。食後の高血糖が目立つやせ型の方にはDPP-4阻害薬を候補にします。
腎臓の保護が必要な人や肥満の人は治療のステップでSGLT2阻害薬を考えます。
食生活の改善や運動をふやしてもなお、血糖値が悪化する場合は他の薬と併用していきます。
血糖値が悪くならないように食生活と運動を見直していくことが一番の節約ですね。
そして余談ですが、患者様から頂いた薬価分のお金はすべて病院から製薬会社へと支払われます。
そのため、病院は高い薬を売ると儲かる仕組みではなく、たくさんの患者様を診察した“診察料“でなり立っています。
SGLT2阻害薬は新薬なので高価ですが、今回の学会で腎臓を保護していることや体重が減ることなど“お値段以上”といえる効果があったのでこれを患者様に知ってもらうために、この記事をまとめました。
【SGLT2阻害薬の副作用】
・脱水について
糖が排泄されるときに、より多くの水分が尿として出ていくため、
脱水に注意が必要です。
その分、
糖分の入っていない水やお茶を多めに水分をとることが大切です。
下痢や嘔吐をくり返したり、食欲不振で食事や水分が取れないことが続くときは、医師に相談しお薬をいったん中止します。
高齢の方・お薬の飲み始めの時期・夏場は特に意識して水分補給をお願いします。
特に高齢者で利尿剤(例えば:ラシックス・ナトリックス)を飲んでいる方は注意が必要なので、他院でもらっている薬があれば必ずお薬手帳を見せてください。
・尿路感染症・性器感染症について
特に女性で
膀胱炎などの尿路感染症、陰部のかゆみや炎症などの性器感染症が起こる可能性があります。体を清潔に保ち、尿や体に異常を感じたらすぐ医師に相談してください。
・低血糖
SGLT2阻害薬のみで低血糖はおきにくい薬ですが、
インスリンや他の薬剤との併用で低血糖が起こる可能性があります。低血糖の症状が見られたら、糖分の入っている飴、ジュースを飲んで症状が治まるまで休んでください。
・体重が減ります。
これは、副作用というか作用を期待して内服することが多いですが、余ったエネルギーを外に出すので、おおむね1-2㎏体重が減るといわれています。
「やせる薬を飲んでるから」といって、たくさん食べてしまっては意味がありません。
食事・運動・お薬とバランス良く治療していくことが大切です。
・発疹、吐き気、嘔吐、腹痛、異常な口の渇き、体の疲労感、呼吸困難などの症状がみられる場合はすぐ医師に相談してください。
・食事がとれないほどの風邪や高熱で寝込んでいるとき、下痢や嘔吐をくり返しているときなど“シックデイ”の時には一度薬を中断します。このような病気の時には医師に相談してください。
2019-07-23 19:38:24
SGLT2阻害薬の最新情報~腎保護効果~②
猪岡内科
糖尿病療養指導士 中村郁恵
前回に続き
欧米の学会で発表された最新の糖尿病薬“SGLT2阻害薬”の研究結果では、
薬の作用で糖尿病患者さんの腎機能をみる指標である“eGFRの低下”が改善したという腎臓にとって良い結果でした。
この効果は単純なものではなく、たくさんの仕組みが連なって良い結果となっています。
今回は、少しディープな生化学のお話しになりますが、
現在解明されている“SGLT2阻害薬への期待”とその仕組みの一部を紹介します。
・今回はケトンの話
【SGLT2阻害薬とケトン体】
SGLT2阻害薬で糖分が尿に捨てられると、体はブドウ糖不足を感じます。エネルギーを確保しようと肝臓ではケトンがたくさん作られます。
このときに脂肪肝などの本来であれば脂肪がつくべきでない“異所性脂肪”などからもケトンがつくられます。

【エネルギーの話】
人間の身体は、体温を保ったり、筋肉を動かしたり、休んでいるときでもエネルギー(ATP)を消費して生きています。
そのエネルギー(ATP)は、食事からとったブドウ糖、次いで体に蓄えられている脂肪酸、筋肉に含まれるたんぱく質からつくられます。

このエネルギー効率について考えてみます。
【エネルギーの効率】
身体の細胞の中のミトコンドリアではブドウ糖や脂肪酸からエネルギーのATPが作られます。
この時に酸素を消費して作られますが、脂肪酸とブドウ糖では使う酸素の量が異なり、
酸素1分子あたりにつき脂肪酸(2.33分子)よりもブドウ糖(2.58分子)のほうが多く効率的に作られます。

しかし、糖尿病でインスリン抵抗性が高い状態では体でブドウ糖が充分に利用できずに、エネルギー効率の悪い脂肪酸が多く使われています。

そこで、第三のエネルギーとしてケトン体が登場します。
【ケトン体とは】
ケトン体は糖質が足らないときに体のエネルギー源になる物質です。
体は糖分不足を感じると「糖エネルギーをメインに使う」から、「脂肪酸エネルギーを使う」システムにシフトし、体内の中性脂肪を分解してエネルギーをつくり出します。
脂肪酸エネルギーでは、脂肪細胞で中性脂肪が分解されて血液に入り、全身を巡りながらエネルギーとして使用されます。
その中で肝臓に流れ着いたものは、他の臓器でもエネルギーとして使えるように脂肪酸が分解されて一部がケトン体になります。これがケトン体エネルギーです。
特にケトン体をどんどん消費するのが脳の神経細胞、心臓、腎臓です。
脳に行くときには血液脳関門という通り道があり、脂肪酸はそこを通れないため、糖質がなくなったらケトンが脳のエネルギー源になります。
そのほか、ケトン体は水に溶けやすい水溶性なので、特別なたんぱく質の助けがなくても心臓や筋肉や腎臓などに効率よく運ばれます。
このように脂質と比べて脳のエネルギーにもなり、心臓や腎臓でも使われやすいため、糖に代わる万能なエネルギーとして重宝されています。
【ケトン体の効率の良さ】
ケトン体は酸素1分子から2.50分子のATPをつくり出すことができ、脂肪酸(2.33分子)よりも効率が良いとされています。
そして、炭素2単位からケトン体では243.6kcalを得ることができるのに対し、同じ炭素2単位からブドウ糖では223.6kcalしか得られないので、ブドウ糖よりも代謝上有利とされています。(S,Mudaliarらの文献より)

つまり理論上、ケトン体は脂肪酸やブドウ糖よりも酸素・炭素の消費が少なく、効率の良いエネルギーとして使われます。
さきほど書いた“理論上効率のいいエネルギー”とされているケトン体が多く使われることで、体は酸素を節約できます。
“SGLT2阻害薬の酸素の節約”ということではもう一つ。
前回の復習になりますが“SGLT2阻害薬の最新情報①“で書いたように
尿細管で糖とNaClを“再吸収”するときに働いているポンプはエネルギー(ATP)を使って稼働しています。
SGLT2阻害薬はその“再吸収”を抑えるので、エネルギーや酸素消費の節約につながります。
このようにSGLT2阻害薬は血糖値を下げるだけでなく、エネルギーの節約(酸素の節約も)をしていますが
“酸素”に観点を当てた研究があります。
次回は知っておきたい、SGLT2阻害薬の値段と副作用を書きますので、その時に一緒に載せます。
2019-05-21 11:30:39
SGLT2阻害薬の最新情報~腎保護効果~①
猪岡内科
糖尿病療養指導士 中村郁恵
まだ青森は雪が降り積もっている3月の初めに、糖尿病の進歩という学会に参加してきました。
そこで聞いた新しい話をまとめていきたいと思います。
【糖尿病治療薬の優先順位が変わった!】
2018年、アメリカや欧州の糖尿病学会で薬のアルゴリズムが改訂されました。
いままでは、7種類ある糖尿病治療薬の中でメトホルミン(商品名:メトグルコ)が第一選択薬で、第二選択としては、他の薬剤が並列に並んで、低血糖・体重・費用をもとに患者さんごとに選ぶような仕組みでした。

今回の改訂では、メトホルミン(商品名:メトグルコ)が第一選択薬というのは変わりありませんが、第二選択薬のところで大きく変わりました。
腎臓病や心疾患のリスクがある方、体重減量が必要な患者さんには優先してSGLT2阻害薬(次いでGLP1製剤→注射薬です)を選ぶように変わりました。
いままで並列だった第二選択薬ですが、SGLT2阻害薬(次いでGLP1製剤)が群を抜いて急浮上しているのは、心疾患や腎臓に対する有効性が証明されているからです。
今回は学会で聞いたSGLT2阻害薬の話を書きますが、最初にSGLT2阻害薬が作用する腎臓の仕組みについて書きたいと思います。
【腎臓の働き】
腎臓は血液が運んできた体の老化物をろ過して尿として外に排泄します。
ろ過を行う腎臓の糸球体は網戸のようになっており、タンパク質や血球などの大きいものはその網目を通ることが出来ません。
水や糖分、電解質(ミネラル)、老廃物は糸球体の網戸を一度くぐり尿のもととなりますが、体に必要な成分はあとで“再吸収”されます。
再吸収とは、1度捨てたけれども体に必要なので取り戻すようなイメージです。
それは腎臓のネフロンで行われており、労力=エネルギーが必要とされています。

【糖尿病の腎臓は過労気味!?】
前述のとおり、尿を作る過程で糖分も老廃物とともに血液から尿細管に流れ込みます。
しかし、糖はエネルギーのもとになるため体に必要な成分です。
糖尿病の方は“血糖値が高い”と言われているように血液中や尿細管にも糖分が多く含まれます。
そのため、糖尿病でない人と比べてたくさんの糖を再吸収しようとし“糖の再吸収ポンプ部門=SGLT2”が沢山必要になって現れます。
そして、その仕事量は多く過労な工場のような状態になっています。

人間社会も“過労”や“ブラック企業”が問題になっていますが、腎臓も同じです。
腎臓の仕事量が多く、過労な状態が続くと尿を作る1つの工場(=ネフロンといいます)はストレスがかかり壊れてしまします。
それでも仕事量は変わらないため、残りのネフロンに負荷がかかりまた1つのネフロンが壊れて腎臓の工場の稼働率が落ちていきます。
これを医学的にeGFR=糸球体濾過率と表し、腎臓病を診るときの指標になります。
このように腎症が進行していきます。
過労な状態の腎臓の“糖の再吸収ポンプ部門”の仕事量を抑える作用の薬がSGLT2阻害薬です。
【SGLT2阻害薬】
2014年に発売された“SGLT2阻害薬”は、糖尿病で肥満の患者さんが血糖値や体重をコントロールするために
“尿の中にエネルギーである糖を出させることで、血糖値を調整するお薬”として処方されています。
「血管の中に糖がありすぎるなら、その余分な糖を尿に出してしまおう」という今までにない薬です。その作用機序や、発売から5年間の研究結果を載せます。

【SGLT2阻害薬の作用機序】
SGLT2阻害薬の作用機序は、尿細管で糖の再吸収をしているSGLT2を阻害します。
その結果、糖は再吸収されずに尿にはいわゆる“尿糖”として排泄されて、血糖値を下げる働きがあります。
糖の再吸収が抑えられるため過労工場だったポンプたちの仕事量は通常に戻り、ストレスがなくなります。その結果として腎臓を保護することに繋がります。
実際の研究結果ではSGLT2を飲んでる群では、腎臓病がどのくらい進んでいるかの程度をみるアルブミン尿/たんぱく尿、eGFRの低下率が改善したという結果があります。

上の表は、SGLT2阻害薬を内服している人、そうでない人の腎機能をみたものです。SGLT2阻害薬を飲んでいる群(青色)は内服を始めてから過剰濾過が治まり一見腎機能が下がっているように見えますが、長い目で見るとグラフが右肩上がりになり、腎機能が改善していることがわかります。

SGLT2阻害薬と腎臓の保護効果について学会で聞いたことは
②に続きます
2019-05-21 11:13:50